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テキスト

自由にものを入れられる 袋

その 袋 の中に 何 を入れよう

野菜を入れよう 果物の 皮を入れて 育てよう

気になっていた あの娘の 嫌がるものを 入れよう

そういった類の 神聖なものを 詰められるだけ詰めたい

掴むことのむつかしいものさえ 袋 ならば

ロゴス もしくは カルマ ゆえに 袋

袋には 貴方を入れることだって やろうと思えば 出来る 貴方の 自由 を奪わなければ ならないが

袋には 袋を入れることも 出来るかもしれない でも よしたほうがいい

袋に 袋を入れたら それは 別の宇宙につながって しまうから

いいかい 袋 は 貴方 のものだ

これから 何 を入れるか とても とても 慎重に考えたほうが いい

一度 袋 に入ってみても いいかもしれない

貴方が 自由 とは 何 だったかを

果物の 皮 になったつもりで

神様の 服 になったつもりで

大好きな あの娘 になったつもりで

そうしたら 袋 に入れるものは たいがい おのずと 決まるはずだ

さあ

時間が ない

なんなら 時間 を 袋 に 入れようか?

カラダだけで生きていくことはできぬものか

もしくはカラダに描かれているものとそっくりそのままで

僕はきのうカラダをこわしました

少数の意味に砕かれながら

「時代を見る眼と今を見る眼があれば、他に何もいらないですよね」

細胞がそのまま、言葉であるように

治らない擦り傷に、行きつけの病院

散らばる視線のその中に

別に僕の思いは要らぬとカラダが言う

鏡の前

 

0713

 

絶望しか感じられないまま生まれてきた子どもたちの、

その笑顔に希望を見るしかないほど絶望に溺れた大人たちの、

その大人たちの絶望が笑い声の隙間から漏れ出てくることを、

知っているけど知らぬふりをする少年少女たちの、

喉の奥に刺さった絶望を抜くために生まれたばかりの子どもたちは、

息を吸い込んだその瞬間絶望で肺を満たし、

ただただかすかな希望を求めたその手の先

希望はこれだけなのかと叫び

希望はこれだけなのだと宥める母

希望などどこにも無いと叫び

希望はここに在ると絶望の奥底から手のひらを掴まれる

私はそうして自らが

この真空の中の希望なのだと知る

今日はよく左手が動く。

小さな声が、よく聞こえる。

太陽が、蛍光灯の比にならないほど、眩しいことに気づいた。

湯気はゆっくりと天井に昇る。

ボタンを押すと、返ってくる。指を押し戻す。自分はそのように、物理として認められている。

時計をよく見ていると、1分は長い。

服の毛玉も、今日はさほど気にならない。

雲は動いていた。

いま、これから何かを話そう。

あなたに、向かって、何かを、話そう。

物理的な、質量の、肉体と、共にここまで来た、

形のない、嵐のような渦巻きが、

変形しながら、ちぎれていく

あなたへ。

朝、ちがう、昼過ぎ、たぶん。

 

息子は目を覚ました。母親がドアの外に、ご飯を載せたお盆を起き、立ち去るその、木造の床がきしむ音で、ゆるやかに暗闇から這い上がった。

 

息子はそのまましばらく、布団の中で身体を右へ左へ動かした。もう眠いか、まだ眠くないか、腹は減っているか、起きる気力があるか、今日は具合悪い感じしないか、布団の中で確認し続けた。10分ほどして、息子は起きた。10分経ったから起きよう、などという気は本人にはなかった。なんとなく起きる気になった。同時に、テレビの電源を入れ、ゲーム機の電源に手を伸ばした。寝る直前までやっていたゲームの、セーブ地点から続きを、早く進めたかったからだ。それまで見ていた夢はもうすっかり消え失せていたが、それまで進めていたゲームのシナリオはパーフェクトに覚えていた。

何も考えず、感じることなく、今何時かも確かめず、画面に流れる文字だけを追い続けた。点滅する光を見ていた。だが、どうにも集中ができないので、どうやら自分は空腹なようだと、息子は理解した。

息子はその部屋のドアを、いつもそうしているように、ゆっくりと慎重に開けた。座ったまま、むかし、お姉さん座りと言われたようなカッコで、音を立てないようにドアに近づき、息を止めながらドアノブを回す、押す、廊下に置かれたお盆を適度な力で引っ張る、ドアにかけた力をゆるめる、ドアが閉まるときの音を、最小限に留めるために、筋肉を使う、閉まった瞬間に、息を吐く。

こうしなきゃいけない必要なんてないのだが、いつもそうしていて、こうしないと何か良くないことが起こるような、良くない何かがこの部屋に入ってくるような、気になるのだった。

 

だが、良くない何かは既に部屋に入っていた。

お盆の上に、見慣れない、小さな立方体が乗っていた。はじめ白い塊、角砂糖かなにかに見えたそれは、黒い模様が各側面に彫られていた。サイコロだった。

 

かけられたラップを取り、白いご飯、ぬるくなった大根の味噌汁、昨日の夜にも出てきた鶏肉の煮物、春雨のサラダ、などを食した。他にも何かあった気がするが、息子は食べてしまった後、もう覚えていなかった。小腹が空いたときのための菓子パンだけ、机の脇に置いた。空腹を補うという作業を終えた息子は、また同じように慎重にドアを開け、軽くなったお盆を廊下に出そうとした。

その廊下の床に、大きな丸が描いてあることに、息子は気づいた。大人一人があぐらをかいて座るとちょうど膝から膝までが直系になるくらいの正円。昨日まではそんなものなかったはずだ、インテリアにしては安っぽい、黄色と肌色の中間みたいな色で塗りつぶされたそれは、ご飯置き場であることを示しているのか。それとも、何かの足場だろうか。

 

息子は昔から、ゲームに対する嗅覚だけは誰よりも鋭く、どんな新しいゲームもすぐ上手くなり、そのせいで逆に友達とうまくいかなくなるケースも多かった。息子は、部屋に転がしたままほったらかしていたサイコロを、手にとった。あんなに音を立てないよう細心の注意を払っていた木造の廊下に、サイコロを投げ打った。かたん、からから、小さな固い音が、心地良く響いた。2がでた。

 

廊下には、丸が、いくつも連なって描かれていた。その間は、太い黒い線で繋がれていた。ルートが決まっているようだった。息子はサイコロを拾って、部屋を出て、2つ進んだ。

 

息子が立ったマスの、さらに一つ先には、「ふりだしにもどる」と、きれいにレタリングされたゴシック体で書かれていた。息子は自問した。ラッキーだったのだろうか。アンラッキーだったのだろうか。どちらかといえば、ふりだしにもどりたいはずであった。ふりだしから出たくないはずであった。だが、やっぱりなぜか安心してしまった。せっかく始めたゲームをスタートに戻されることは、やはり不愉快であった。

 

息子はその後、特に振り出しに戻ることなくどんどん進み、階段も降りきった。途中「一回休み」のマスに止まってしまったので、言われてみれば少し疲れた気になり、その場でしゃがみこんだ。だが、一緒にマスを進める相手もいないので、適当なタイミングでサイコロを振るのを再開した。4がでた。4つ進むとそこには、「上着を一枚脱ぐ」と書かれていた。言われてみれば、緊張して動いたせいか、多少身体が汗ばんでいた。息子はそのマスに、着ていたジャージを置いた。

 

息子はついに、ルートの分岐地点に至った。そこは「ストップマス」であった。ここに辿り着いた者は、もう一度サイコロを振り、「1・3・5が出たら右へ」「2・4・6が出たら左へ」進まなくてはならなかった。その廊下は、Y字に分かれていた。息子はこの時はじめて真剣に、振り出しにもどりたくなった。なぜなら、「右」というのはおそらく斜め前の玄関で、「外に出る」しかなくなってしまうからだ。昼下がりの暑い日差しが、ドアの上のガラス越しからもよくわかる。その陽が、部屋の中の一部を四角に切り取っている。うっすらと聞こえる外のバイクの音、買い物帰りのビニール袋の音。その空間に誘い込まれることを考えて、はじめて本当に、息子の心は冷え切った。さっき捨てた上着にまたくるまりたくなった。

偶数を出せばいい。偶数を。さっきとは違う汗でぬめりをまとったサイコロを指先で転がし、2のあたりに力を込める。息子はサイコロを振った。

 

6がでた。めまいがした。そういえばここはエアコンも届かない。体の力が抜けて、左へ進む前に足下にくずおれそうになった。息子は、そういえば自分はこういった運だけに左右される類のゲームは嫌だったんだ、と考えた。人生ゲームとか、パーティゲームの類は、戦略性もテクニックもあったもんじゃない、だがそれでも不思議と息子は多くの友達を泣かしてきたが、でもやはり勝てない要素も強く、それは息子を不安にさせていた。左のルートは、リビングへ続いていた。

 

5がでた。そのマスには、「3つ進む」と書かれていた。一気に8も進んだ。そこから先の黒い線は、折れ曲がってリビングに入っていた。ついにこの家の中核だ。そこは、息子が部屋にこもっている間に、母が日中をテレビを見たり友達を呼んだりして過ごし、夜に父がくつろいだり、ご飯時に母と父と妹がテレビを見ながら笑ったり話したりしている部屋だ。息子の話もそこでしているのかもしれない。その話題の時、どんな雰囲気になっているのか、暗くなるのか、笑い飛ばすのか、それとも誰も触れようとしないのか、息子は知らない。夜中に誰もいないリビングを素通りして、冷蔵庫を漁りに行くことはあった。でも、明るい時間にこの部屋に訪れ、さらに長居することなんて、最後にしたのはいつだったか、思い出せなかった。

 

そんな風にして、すこし、サイコロを振るのを躊躇していたとき、からん、からから、と息子の足下に響いた。焦って右手を見つめると、その指先にサイコロは握られていた。足下に焦点をあわせると、そこにもサイコロがあった。そして、その足下のサイコロの上に、自分のではないもうひとつの影が重なった。母が立っていた。スリッパに、エプロン姿、後ろに髪を束ねた、息子にとってなるべく避け続けてきた顔が、無表情で息子を見つめていた。

「あっ」

母はさらに一歩踏み出して、息子と同じマスに立った。息子の伸びた髭の辺りに母の目があった。息子は目を合わせないようにしながら、そのまま立っていた。母は一瞬、その伸びた髭に目をやった後、息子と二人で立っている足下を見つめ、そのマスに書かれていることを読んだ。そして、マスを進めた、息子がこれまで進んできた方へ向かって。

 

逆走?だとしたら、どちらが?

息子は気になったが、それを母に問いただすことはしなかった。選んだのは、まず早くゴールに辿り着くことだった。息子はサイコロを振った、気持ちこれまでより素早く、力強く。リビングに突入した。「せんべいを食べる」というマスに止まった。テーブルの上にあった煎餅を食べた。キッチンを経由して、そのままもうひとつのドアから、リビングを抜けた。また「振り出しに戻る」のマスが2マス先に見えた。ここまで来て戻るのは嫌だったので、祈りながらマスを振る、3が出た。危なかった。

 

黒い線は、母と父の寝室に繋がっていた。息子にとっては小さい時に入ったきり、全く出入した覚えのない部屋だった。だが足を踏み入れた瞬間、ああ何も変わってない、このベッドも、あの化粧台も、あの小物入れもタンスも、ということが感じ取れ、匂いまで懐かしい気がしていた。そして、ゴールはそこであった。

 

違う、やっぱり、そうだったんだ。息子の肩ががくっと落ちた。

「俺は間違っていた」

ベッドの上にかけられた布団には、ピンク色の正円がプリントされ、そこには大きく太く、「スタート」と書かれていた。母のほうが、正しいルールでゲームを進めていた。そうしたら、母はあの後、ゴールに向かっていったはずだ、ゴールはどこだ。息子は記憶を逆回転する。進めてきた道を、最近めっきり使わなくなって錆び付いた記憶力を。

 

一つのゴールは、あの部屋だ。そして、もうひとつのゴールは、どこだか分からないけれど、外だ。あの玄関前の分岐地点だ。右と左、あれは逆だったんだ。リビング方面から来れば、左斜め前が、玄関だ。そして右が、息子の部屋へと続く。本来なら、息子があの「ストップマス」で出した「6」は、外へと続くべき数字だったのだ。

「でも俺は、もともと間違っていた」

母は今、どちらに向かって進んでいるのだろう、もうゴールしてしまっただろうか。

 

急に気になり、いてもたってもいられなくなり、息子は「スタート」にゴールすることを辞め、ゲームのルールを無視し、そもそも元からルールを間違えていたのだ、今更どうしたことかと自棄的になりながら、マスを無視して、そこをゲーム盤ではなく単なる生まれながらの見知った家として、足音を立てながら、急いで自分の部屋へ向かった。そう、ここは外部ではなく、昔から変わらない内部なのだ、本当は。途中、玄関の前で、一瞬靴を確認した。そこには母の靴もあった。母の靴を全部知っているわけではないけれど、おそらく、外に行っていない、結局行けなかったのだ、母も。

 

駆け足で階段を登り、一気に息子は自分の部屋の前へ、「ふりだし」だと思っていた、本物のゴール地点へ。開け放して出たはずのドアは、固く閉ざされていた。空の食器を載せたお盆が、部屋の前のマスに置き捨てられたまま。

 

ドアは開かなかった。息子は、自分の部屋をノックした。そこには明らかに、母が入っていた。だが、なかなか反応はなかった。息子は、最後に部屋に何を残した状態で出てきたか、思案した。途中まで進めたゲームのことが気になった。そしてすぐに、それらは全てどうでもいいことになった。しばらくして、中から母の声がした。

 

「残念だけど、私はもう、戻れません」

 

息子はその声を聞いて、後ずさった。母はもうゴールしてしまった、息子が居続けようとした場所に。息子のかかとに食器がぶつかり音を立てた。息子はさらに、足下を確認しながら、後ろに一歩。そこは、「ふりだしにもどる」と書かれたマスだった。

 

息子は歩いて、本物のふりだしにもどった。「スタート」と書かれた、寝室の布団の中に、潜り込んだ。そして泣いた。枕元が濡れるほど泣いた。サイコロを強く握り締めながら泣いた。それは部屋を追い出されたからでも、母がゴールしてしまったからでもなかった。人生はゲームではなかった。いや、たとえゲームであるとしても、もう道は一つしか残されていなかった。